酷な告知

「いてえ!」
「いたい!」

 正面衝突でなにかに思いきりぶつかって、わたしは盛大に尻もちをついた。予想のしていなかった事態に、頭が真っ白になる。走りすぎて心臓が悲鳴をあげているし、酸欠で頭がぐるぐるとして、一瞬なにが起こったのかわからなかった。火照った身体と床の冷たさが中和してきて、少しずつクリアになっていくのは思考。……今、どういう状況?

「……、おい」

 目の前に立っているのは、全身を完全に防具で包んだ人。ひと、ひとだ! 見た目からまともな人だとは言いきれないけれど、そんなことはどうでもいい。嬉しい。誰かに会えたことが、言葉の通じる存在に会えたことが、嬉しい。

「た、た、助けてください……!」
「あんた何モンだ?」

 わたしはかすれた声でそう言うと、その人はぐいっと腕を掴んで立たせてくれた。体格や低音の声からして、男の人みたいだ。ガスマスクのせいで顔は見えない。

「え、と……あの、わたし誘拐されてしまって、それで……っそうだ、虫! 虫に、追いかけられて……!」
「……ははーん、ナルホド」

 混乱してそうまくしたてるわたしとは対照的に、ガスマスクさんは冷静だった。そしてなにかに納得した声色で「こりゃあもう手遅れだ」と言った。

「……て、ておくれって、どういう……」
「そのまんまの意味さ」
「わ、わたしのこと、助けていただけませんか?」
「ははっ無理無理」

 カラカラと楽しそうにガスマスクさんは笑う。人の不幸を喜んでいるようすに、わたしは怒りを覚えた。むしゃくしゃして拳でパンチすると、思いのほか防具がかたくて自滅。それを見ていたガスマスクさんがまた肩をゆらして笑うので、わたしの怒りゲージは最高値を示す。

「……もう、助けてくれないならいいです。でもお願いですから、出口だけは教えてください」
「悪いな、俺はまだ死にたくねえ」
「……?」

 出口を知ると死んでしまうなんて、そんな馬鹿げた話は耳にしたことがない。ガスマスクさんの言葉が意味することを考えていたら、彼はくるりと回れ右をした。そしてそのままわたしを置いて歩いて行ってしまう。

「まって……!」
「なああんた、虫に追いかけられてたって言ってたけどよ」

 ガスマスクさんが進めていた足を止めてこちらを向く。

「そいつらは今、どこにいるんだ?」

 そう言われて気づいた。真後ろに迫ってきていたあの虫たちが、まるで最初からいなかったかのように綺麗さっぱりと姿を消していることに。なんで、どうして。意味がわからないことだらけで頭痛がする。そしてガスマスクさんは、失礼な言葉を残して先に続く廊下の奥に消えていってしまったのだ。

「第一、下着も身につけていないような奴とは関わりたくねえ」