歪み

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二律背反から抜け出せない

開け放たれた扉から溢れる外の光を、懐かしく思った。この病院内での出来事が、自分の身に起こった出来事が、まるで嘘のようで。無我夢中で走り回って逃げてきた体は悲鳴を上げている。途中で何度も自分は死ぬのだと思った。自分はこの狂気に染まった病院で、...
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さよならを嚥下する

「───神はいた……お前が宿主となれ」 やけに通る声で覚醒した直後に、乱射される銃の音と悲鳴に包まれる。あちこちから上がる苦しそうな呻き声は次第に弱弱しいものへと変貌し、やがては途切れて彼らがこと切れたことを暗示した。 ……何が起こったのだ...
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鮮やかに痛くて

嫌な予感は的中して、同僚は約束の場所にはいなかった。リチャードが書いたと思われるあの血文字が壁に残っているだけで、ひとの気配を感じない。やはり、彼女は……。 左目の奥がジクジクする。鈍痛が続き、皮膚が突っ張る感覚もして頭が朦朧としてきた。…...
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縋りつくことも出来ずに

ふらふら、ぐらぐら、何度も壁にぶつかる。距離感がおかしくなっているのか。もしかしたら血も足りていないのかもしれない。吐き気がする。でも大丈夫だ、まだ右目がある。わたしは生きているから、ビリーも同僚も、きっと助けられる。……まだ、大丈夫。 普...
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狡猾の手引き

欠けてしまった視界に、いよいよ絶体絶命だと思った。 鼻歌混じりでわたしの左目を縫い合わせるリチャード医師は、それはそれは楽しそうなご様子で、もはや憎しみすら感じない。顔の左半分が糸で引っ張られる感覚に違和感はぬぐえず、思わず眉根を寄せる。絶...
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何も亡い

つま先で手加減なしに、目の前の男を何度も何度も蹴る。しかし彼は痛みに顔を歪めるどころか、ニタニタと下品な笑みを浮かべるだけで。きもちわるい、きもちわるいきもちわるいきもちわるい! ゆっくりと腕が上に持ち上げられて、床に足がつかなくなる。襟が...
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塗り潰して終わるなら

少し目を離したその時間内に、一体何が起こったのか。わたしが地下に言っている間に、病棟は見るも無残な様子に一転していた。病室に患者の影はなく、それどころか人ひとり見当たらない。扉は無理に開けられたのか外れ、地面に倒れている。壁も綺麗に塗られて...
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浮き世の幻を乞う

「う、あ……ビリー……ごめん、ごめんなさい……」 かたく閉ざされた瞼。その奥に隠された彼の瞳を、もう一度目にする日はやってくるのだろうか。 ……まだビリーは、死んでいないはずだ。浅い呼吸を繰り返しているのが辛うじて分かる。五体満足のわたしが...
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鼓膜に張り付く絶望

目を疑った。地下では患者に処方する薬の調合だとか、成分の合成だとか、そういった研究が行われていると聞いていたから。壁も床も真っ白で、無機質な空間に広がるのはどう見ても"患者のため"であるとは言い難い設備の山。ホルマリンで浸されたビーカー、何...
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緩やかに離れていく

「……なまえ?」 それからは目まぐるしい毎日だった。休む暇なんてない。次から次へと傷つき狂い始めている患者を世話する仕事に追われて、こっちまで頭がおかしくなりそうだ。 またリチャード医師に呼び出しを受け、廊下を早歩きしていると、目に入るのは...