また、君の縁になれなかった

 きっかけはスタバァで顔を合わせたときだった。互いにバイトの身であり、かつ話は合うは気は合うわで、トド松となまえが連絡先を交換するのも至極当然であったと言える。
 連絡はまめにしていたと思っている。あくまでトド松は、だが。彼はなまえと親しく談笑することができていたという(一方的な)自信を得ていたが、そこにはまだ障壁があるのを感ずる。しかしそれも初期から比較すればだいぶ薄くなってきたものである。
 トド松は現在の状況を冷静に整理してみることにした。
 バイト仲間同士での飲み会。夜中に繁盛する居酒屋。注文をする張り上げられた声、廊下を歩む足音。賑やかな店だった。
 なまえはトド松の真正面に座り、隣にいる青年と愉しそうに話している。あ、今のすっごくかわいい! アルコールで赤く染まった頬。それに愛らしい笑みが被されば、大抵の男は落ちるであろう───と、これまたトド松が思うところである。
 トド松は段々イライラしてきた。正面にいるはずのなまえの眼が一向に自身の方へ向けられないからだ。
───なんだよ、僕には興味ないって? そいつの方が頭おかしいと思うけど! 下心満載な顔してんじゃん! 気づけよ! まアそんななまえちゃんもかわいいんだけど~……。
 気がつけばトド松は、歯が欠けそうになるくらい歯を噛み締めていた。そしてテーブルの下で、その青年の足を蹴飛ばした。「!」蹴られた青年は───あたりどころが悪かったのか顔を歪め───一体誰だと憤慨した面持ちで周囲を確認する。すると、鬼の形相で睥睨してくるトド松と視線が絡んだ。
 青年は怯んだ。トド松の顔があまりにも凶悪だったからだ。

「どうしたんですか?」

 なまえは突然硬直した青年を心配したのか、眉尻を下げ訊ねる。「あ、ああ。いや。俺ちょっとトイレ行ってくるわ」席を立ちトイレに向かう青年に、なまえは怪訝そうな顔をする。

「ねえねえなまえちゃあん」
「トド松さん。だいぶ酔いが回っていそうですけど、大丈夫ですか?」
「ん~~~ぜんっぜん平気!」
「ふふ、飲みすぎ注意ですよ」

 くすくすと口許を手で隠し笑い声を上げるなまえが、トド松の目にはいたく愛らしく映るのだ。
 今日の飲み会で、自身らの関係性を更新したい。トド松はそう決心しこの場へ訪れている。
 なまえは自身のことをどう思っているのか、トド松には予測がつかない。愉しく会話できるのだから、嫌われてはいないはず。そんなあやふやな形容しかできない。
 だが、時間的にもそろそろ解散する頃合いであろう。メンバーの皆が席を立ち、カバンを手にレジの方へ進む。割り勘で支払われた料金。外に出ればとっぷりと日は暮れ、電灯が灯されている。

「じゃ、また明日一緒のやつはよろしくな!」

 トド松曰く、トイレの妖怪八方美人野郎。そいつがなにか言っていやがる。僕ならもっと気の利いたこと言えるのになあ。口にはしなかったけれど。
 トイレの妖怪八方美人野郎がそう言うと、各々が歩いたりタクシーを呼んだり、さまざまな方法で自宅へと帰ろうとする。当然なまえもそのうちのひとりだ。
 トド松は去ろうと背を向けるなまえの腕を掴んだ。気が急いたのだ。

なまえちゃん」
「わあっ!……トド松さん? どうしたんですか?」
「あ、いや……えっと……」

 なにを言うかも決めずに呼び止めてしまったことに対する申し訳なさと、この好機をものにせずどうするのか、という感情が胸の内でせめぎ合っている。しかし、彼は決意した。

なまえちゃんて、その……彼氏っているの?」

 そう問えば、なまえは眼を丸くした。その反応はどちらの意味なのか。トド松は一歩前進し彼女の眼を真っ直ぐに見つめる。

「彼氏、ですか……? しばらくいないです」

 トド松はそれに脱力する。

「そっかあ……よかったあ……」

 あからさまな態度を見て、察することができないほどなまえは抜けてはいなかった。「ねえ、なまえちゃん」きりりと顔を引き締め、トド松は言う。

なまえちゃんさえよかったら、なんだけど……僕と───」

 すると、なまえは驚愕の表情を浮かべた。これから言わんとすることに拒絶を覚えたのだろうか? いや、ちがう、これは───。

「よおトド松ぅ~! なになに、この女の子と飲んでたの?」

 おそ松だ。慌てて後方を振り向けば、案の定長男がにやにやと下卑た笑みと共に佇んでいる。見つかってはいけないやつに見つかってしまった! トド松はだらだらと冷や汗を流す。揚げ足を取られるに違いなかったからだ。

「トド松さんと双子、なんですか?」
「そ! 正確には六つ子なんだけどね」
「六つ子!?」

 衝撃の事実になまえはぽかんと惚ける。も~~~その顔反則~~~! トド松は泣きたくなった。感情が大パニックを起こしている。

「なあなあ俺も一緒に飲んでいい? もちろん金はお前持ちな」
「駄目に決まってるでしょ」

なまえちゃん。送ってくから、行こ?」トド松はおそ松のことを睨めつけながらなまえを誘導する。その背後から「狼になるなよ~!」との言葉が投げかけられる。
 いつか痛い目を見せてやる。トド松は固くそう誓った。