「……おっ?」
「おえぇ……。ど、どうしたんですか……?」
獄卒さんはあちらこちらに走り回るものの、背負ったわたしにはなんの気遣いもないものだから、気持ち悪くなった。目的地があるわけでもないのに移動し続ける意味をわたしは問いたい。
そんな獄卒さんが、ふと足を止める。学校中をあんなにも全力疾走していたというのに、彼は息のひとつさえも乱さない。動いていないわたしの方がゼーハーしているのは、彼のおかげにほかならないのだ。
「こんなとこに階段あったっけ?」
「知らないですよ……だって、真っ暗ですから……」
「登ってみっかー」
「も、もっとゆっくり……ぃッ!?」
運ばれている身であるけど心身ともに疲労困憊なわたしは、ぜひとも階段は優し~く登っていただきたいところ。そんな願いを口にしたら、最後まで聞き届けられることなくダン、ダン、という衝撃で身体が揺れる。おかげで舌を噛んだ。痛いなぁ! もう!
このひとのことだから、どうせ数段ほど飛ばして登っているのだろう。ひとりの亡者を背負っているとは思えない身体能力だ。おそろしい……。でもそれは、背負われているわたしへのダメージも大きくなることを意味する。今までの動きから承知している通り、当然わたしになんの配慮もなされず。は、吐きそう。あなたの背中に吐瀉物を思い切りぶちまけてあげましょうか。
嘔気を我慢していると、やがて揺れが収まる。そりゃそうだ、階段だもの。いつかは終わりがやってくる。しかしながら、わたしはその当たり前のことに、大袈裟なまでに胸を撫で下ろしたのであった。
「めっちゃ部屋ある。……ん? なんだこれ、開かねーし」
獄卒さんがわたしを気にかけてくれないのはもういいや……。
目の前に現れたらしい扉には鍵でもかかっているのか、開けようとしてもガタンと音をたてるだけ。それにつまらなさそうな言葉を吐き出した獄卒さんは、奥へ奥へと進んでいく。「……お、ここは開いてた!」どうやら一番左の扉は、開く前からすでに開け放たれていたみたい。う~ん、怪しい。罠の香りがプンプンする。
「あ、あの、ちょっと待」
「進むぜー!」
ですよね~! うん、分かってたあ……。彼はわたしの言葉を遮り、制止させることは叶わなかった。例えこの先でどんなことが起きようとも、わたしには関係ない……関係ないよ……。
そんな気持ちを込めて、獄卒さんの首にしがみつく。でも、まだ一息つけるわけではなかったのだ。なぜならその扉の先はまた階段になっていたらしく、十分に弱っていたわたしに畳みかけるような震動が襲いかかり、意識が華麗なるシャットアウトを迎えたからである。