「着いたー!」
さようなら、わたしの魂。
比較的落ち着いた歩行をみせていた平腹さんの足が止まった。目の前には、なんだか大きなお屋敷がそびえ立っている。日本風な作りでいて、ところどころ西洋の雰囲気を醸し出しているお屋敷だ。想像していたよりも綺麗な建物の中で、わたしは虐めぬかれるみたい。そんなの全然まったく嬉しくない……。
ガチャリ、と扉の開く音がわたしの心を砕いた。ガタガタと全身が震える。今はそれが憎らしいけど、背負ってくれている平腹さんにもそれが伝わって、彼も振動しながら歩いていた。せめてわたしが消える直前まで、無様な姿を晒させてやろうじゃないか。
せめてもの仕返しに内心してやったり顔をしていると、廊下の先に誰かが立っているのが見えた。服装が平腹さんのと酷似しているから、きっとあのひとも獄卒のひとりだろう。
「あー! 田噛ィ! オマエ帰ってきてたんだ!?」
平腹さんが大きな声を上げてそのひとに近寄る。目と鼻の先の距離であるというのに、そこまで声を上げる必要性は一体……? 平腹さんのことだから、きっとなんにも考えていないのかもしれない。
「途中から消えたから殺られたのかと思った!」
わたしが原因で小刻みに揺れ続ける平腹さんは、話しかけた獄卒……たがみさん? に奇妙な目で見られていた。ふふん、そうして辱めをうけるがいい。
それにしても平腹さん、さっきから「いつ帰ってきたの?」「そういや木舌も見かけてねーけど、知ってる?」「腹減ったな~」と、田噛さんに色々話しかけているにもかかわらず、無視を決め込まれていて、なんだか少しだけ気の毒になってきた。
「だるい」
気だるげな顔で吐き出された言葉。田噛さんはその一言で平腹さんを一蹴、しかし彼はケロリとしていて特に気にしていない様子だ。……もしかして、このやり取りが彼ら二人の日常だというのだろうか。おしゃべりな平腹さんと、口数少ない田噛さん。う~ん、確かにバランスは取れていそうだけど。わたしが平腹さんの立場だったら、傷つくだろうなぁ。
「……おい」
ジトーっとした目で口を開いた田噛さんが口を開いた。やっぱり面倒くさそうな顔。そんな彼が「お前それどうした」と言ってこちらにジロリと視線を移してきた。……自己紹介をした方がいいのだろうか。
「わ、わたし」
「それってコイツのこと? なんか知らねーけど廃校にいた!」
「わ」
「使い勝手よさそうだったしさァ~」
「ぐぅ……」
「……あ? なに田噛、その目」
平腹さんがしゃべらせてくれない。新手のいじめみたい。もう諦めて口をつぐむことにしよう。そうだ、どうせもう会うことはないのだから、自己紹介したところで何の意味があるのっていう話だ。
「どうするつもりなんだよ」
「どうするって?」
「だから……あー……いい。もういい。面倒だ。部屋戻る」
「田噛はいっつもそれだよなー」
平腹さんはそう言うと、また歩き始めた。それでいいのか。田噛さんが何を言いかけたのか気になるのはわたしだけなのかな。大切なことかもしれないのに。……いいや、面倒の四文字で済まされるくらいだから、別にそんなことはないのかも。でも、でも。彼に話を聞くことでわたしの寿命が伸びるのだから、ぜひお聞かせ願いたいところ。……う、うわ~っ! しかし平腹さんの足は止まってくれやしない!
「う、ううっ……」
「なまえそろそろガタガタすんの止めてくんない?」
じりじりと、冥府が近づいてくる。