これこそが本気

「いい加減にしてくれるかな」

 シーーン…。さっきまでの騒動は、そのたったの一言で静まった。

「木舌はもっと飲酒の限度を覚えなって言ったよね。ん? あれ? 言わなかったっけ。これって俺の記憶違い?」
「……い……言いました……」
「そうだ口を酸っぱくして耳に胼胝ができるくらいには言った。どうせ昨日の夜から呑み続けているんだろう。周りに迷惑をかけるようなら暫く禁酒させるよ」
「それは嫌です……」
「あと平腹。きみは煩すぎ落ち着きがなさすぎ話を聞かなすぎ」
「ごめんなさい……」
「ここに来るまで廊下も走っていたでしょ。足音聞こえたよ。廊下って走るものだったんだーハハハそれは知らなかったいい勉強になったよありがとう」
「……ご、ごめんなさいぃぃぃ!」

 コーヒーのカップを片手に、佐疫さんの口は回る、回る。爽やかな笑顔でバッサリと二人をぶった切っていく様子は、まさに闇の帝王といった風格だ。こわい。だってよく見たら、目が笑っていないのだ。普段優しいひとは怒ったらこわいって、本当だった。天使の面影はどこに行ってしまったの。
 それからは佐疫さんの指示によりわたしは地面に降りることができ、ようやくベーコンエッグトーストにありつけることに。だけど、テーブルがガタガタと揺れるので少しだけ食べづらい。なぜ揺れているのかと言うと、両隣の木舌さんと平腹さんが震えているからである。こんなのを見せられると、さすがにちょっとかわいそうだなぁと思った。

なまえちゃん、邪魔が入って話が途中だったね」
「は、はい」
「朝食を食べ終わったら、僕らの上司の所に話を聞きに行っておいで。きみのことは話してあるから。きっと力になってくれるよ」
「……じょうし……」
「怖がらなくても大丈夫。あの人は亡者以外には比較的優しいはずだから」
「でも……わたし、半分は亡者なんですよね…?」
「それって言い換えれば、半分は亡者ではないってことだ」
「!……そっか……そうですよね……! わ、わたし行きま」
「肋角さんて超強面だよなぁー」
「えっ、や、やだ!」
「平腹彼女を怖がらせるようなことを言うな」
「あギャー!!!」

 強面だって。しかも超がつくくらいの。固まりかけた意志はその言葉によってガラガラと崩れ落ち、それに反して一気に膨れ上がるのは、訪問したくないという気持ち。今度はわたしの身体がガクガクと打ち震え始める。
 あまり知りたくなかった情報を教えてくれた平腹さんの眉間には、佐疫さんによって銃が突きつけられていた。一体どこから取り出したものなのか、それよりその銃は本物なのか、そんなことは今のわたしには考える余裕はない。強面……強面かあ……。
 わたし、大丈夫かなぁ。

 朝ごはんを食べ終わって佐疫さんに連れてこられたのは、彼らの上司にあたるらしいお方の部屋の前。落ち着いた色合いの扉の奥には、一体どんなこわいひとがいるのだろう。いやだなぁ、入りたくない。

「あの、……佐疫さんも一緒に入ってくれるんですか?」
「ごめんね、僕は仕事があるんだ」
「……そっかあ……」
「平腹が変なことを言ったせいで、余計な恐怖を植え付けちゃったみたいだね。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 あいつには、後で僕からきつくお仕置きしておくから。佐疫さんは温和な微笑を作りながらそう言った。わたしのせいで平腹さんは痛い目を見ることになってしまったみたい。…佐疫さんの見えないところで怒られないか心配だ。

「ああ、時間だ。そろそろ行かないと」

 お仕事があるのに部屋の前まで案内してくれた佐疫さんは、どこまでもいいひと。忙しいのに自分のために時間を割いてもらって、ありがたいけど申し訳なくも感じる。いつか恩返しできるといいんだけど。…半亡者なんかにはお返しされても、迷惑なだけかな。

「佐疫さん。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございました。お仕事がんばってください」
「ありがとう。僕が帰ってきたら、なまえちゃんがどんな話を聞かされたか教えてくれると嬉しいな」
「は、はい……!」

 ヒラヒラと手を振って、佐疫さんは玄関から外に出て行った。
 廊下にひとり残された今、ちらりと扉を見る。まずはノックをしないと。でも、でも、肋角さんは強面。ヤクザみたいな男のひとがいたらどうしよう。そう考えてしまったら、先に進めなくなってしまった。戸を叩くべくして上げた手は、しかし再び下げられ、また上げられ、ということを繰り返す。どうも踏ん切りがつかない。ここで立ち止まっていても仕方がないのに。肋角さんに、わたしがこれからどうなってしまうのか聞かないといけないのに。

「……」
「……」
「……?」

 にっちもさっちもいかずに無意味に扉を凝視していると、そこにかかるわたしの影がふっと大きくなった。後ろに誰かが立っている。肋角さんに用事があるひとかもしれない、そう思って横によけようとしたら「ここに要件があるんじゃないのか?」と低めの声がかけられた。そうは言われてもわたしはまだノックをする覚悟ができていなかったので、くるりと後ろを振り向いて、そのひとに先に譲ることに。……うわあ大きい! 木舌さんよりも! びっくりした。

「んん……そうなんですけど……」
「ならば部屋に入るといい」
「い、いいえ! お先にどうぞ! わたし、まだ腹をくくれないので……」
「……ふっ」
「?」

 大きいひとはニヤリと口角を吊り上げるようにして笑った。悪い顔だ…。

「恐ろしいのか」
「……ちょっとだけです。……あっ! あの、言わないでくださいね、肋角さんには」
「それは無理な話だ。今お前が自分の口で本人に伝えてしまったからな」
「…………え」
「さあ、中に入るとしよう」

 どうやら肋角さんだったらしい大きなひとは、自ら扉を開いてわたしを中に誘ってくれた。