06


 別れの時間くらいはくれてやろうと、ゆったりと歩く程度の余裕はあった。
 アジトでの出来事を含め、なまえの存在意義を大きく揺らがすことはできたように思う。俺が直接手を出さずとも、この占領されたラジオ塔を開放するために現れたヒビキくんに精力を奪われた輩が多かったらしい。彼らの絶望した消極的な言動が、彼女の心に大打撃を与えた。再会した時には、なまえの心は触れただけで砕け散りそうな程に脆弱になっていたから。……ロケット団の最高指導者である彼がヒビキくんに敗北した今、なまえはきっと壊れる寸前なはず。
 洗脳とは恐ろしいもので、人間を別人にまで変えてしまう程の力を持っている。彼女もそれに毒された人間の一人だった。教えを素直に飲み込んで、与えられた生き方しかできない哀れななまえ
 アジトで出会ったあの時のことは、いい意味でも悪い意味でも、きっと一生忘れられないだろう。
 初めはポケモンのことを思ってバトルを放棄することに驚愕した。非人道的な事を働くあのロケット団に、そんな人間がいるなんて考えたこともなかったからだ。隙をついて別のポケモンで攻撃をしてくるかと思いきや、全くそんな素振りも見せない。襲いかかってきたと思いきや、それは彼女自身。
 そしてなまえのコラッタの、彼女を信頼しきった目だ。明らかに、ふたりの間には確かに絆が存在した。そんな状況に疑問を抱かない人間がいるだろうか?
 確信できたのは、やはり彼女が俺に傷をつけることができなかった点が大部分を占める。あの時俺が早まらないで何もしていなかったら、もしかしたらなまえが行動に移していたかもしれない。
 しかし、そもそもそれがおかしいんだ。本来ならば、寸前で凶器を止めることがあり得ない。
 なまえには覚悟がなく、そして何より自分がなかった。
 ロケット団というなまえの総べてが、世界がなくなってしまったら、彼女はどうなってしまうかな。あれだけ狂信的だったのだから、更生させてあげたら俺から離れることが出来なくなるかも知れない。それもそれで面白そうだ。

「おっと。……少しゆっくりし過ぎてしまったようだ」

 展望台に辿り着いた時、虚ろな目でナイフを握る彼女は、その鈍い光を反射させた刃先を喉元へと向けていた。こうなると少々面倒な事になる。俺は静かにモンスターボールを取り出し、カイリューにでんじはを命令した。

「こちらラジオ塔前から中継でお送りしています。ロケット団によって占領されてから早、二時間が経過しました。先程最上階で爆発音が確認されましたが、依然中の状況は……あっ、今中から人が出てきました! あれは、チャンピオンでしょうか? きっとこの騒動に駆けつけたのでしょう。……すみません、チャンピオン。お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いや、すまないが道を開けてくれないか」
「五分、……いや三分だけでもお話を」
「ロケット団は解散した。それだけで十分だろう」
「解散? あのロケット団が……おや? そちらの方は」
「人質の一人だよ。知り合いだから介抱しようと思ってね。道を開けてくれ」
「すみません、もう少しお話を」
「この事件を解決したのは俺じゃない。もうすぐ出てくる少年のおかげだ。彼が詳しく話してくれるはずだよ」

 周りを取り囲む記者達にそう伝えると、彼らはタイミングよく出てきたヒビキくんの方へと殺到する。ヒビキくん一人でこの状況を打開できるだろうか……いや、きっと彼なら大丈夫か。俺はもみくちゃにされて崩れた体勢を整え、気絶し脱力しているなまえを抱えなおした。

「……さあ、俺が居場所を与えてあげよう」