「……お姉さん、あの男のひとと知り合いなの?」
「……う、うん。あなたはバッドくん……のご家族なの?」
「……うん」
「……そ、そっかあ」
なまえは真っ向から見つめてくる少女───ゼンコと、困ったような面持ちで見つめ合う。そして彼女らの視線は、元凶とも言えるふたりの方へと移された。
そこではS級ヒーローである金属バットと、なぜかガロウが戦闘していたのだ。近くでは災害レベル“竜”の規格外に巨体な怪人も出現してしまっている状況。ヒーローである金属バットがこの場に残留するならまだしも、なぜガロウまでもがここに留まっているというのか、さらにはなぜヒーローと対峙しているのか、なまえは疑問を抱かずにはいられない。
「がふ……ッ」
「あっ……!」
ふたりの戦いは躊躇など皆無も皆無。互いがまさに相手を殺さんばかりの迫力だった。すると、金属バットの気合野蛮トルネードを上手く受け流したガロウが、彼の懐に重い一撃を喰らわせる。それに金属バットが耐えきれず倒れ込んだ。
なまえはあっと声を溢した。そしておろおろと彼らの様子を窺っていると、ゼンコが「これ、止めた方がいいよねっ!?」と焦ったように言う。なまえは速攻で頷いた。
「───お兄ちゃん!!」
金属バットがガロウにバットを振り下ろす、その刹那にゼンコが彼の前に立ち塞がった。まだ年端もゆかぬ少女ではあったが「お兄ちゃんは私の前で暴力見せないって約束したの!」と、ガロウに臆することなく悠然とそう言ってのけた彼女のことを、なまえは関心したように見つめる。そして自身も慌ててガロウの側に駆け寄った。
それでも「次はきっちりトドメささせてもらうぜ」と構えを解かないガロウに、なまえは「ガッちゃん!」と縋るように声を上げた。
「もうやめて」
「ケンカ終わり!!」
各々が、ある種突かれると弱いところに一発かまされた。すると、暫しの沈黙ののち、ふたりはようやく殺気を解く。ガロウに至っては、「……なまえ、なんでまた出歩いてんだよ」と、またも約束を破り、多少たりとも警戒心を抱かず外に出ていたなまえを戒める余裕ができるくらいには正気を取り戻した。
「ちょっと外の空気を吸いに……みたいな……」
「……」
「ご、ごめんね、ガッちゃん」
「ガッちゃん言うな」
「はっ! あの人間怪人サマが大層なあだ名じゃねえか!」
「……ああ?」
「……人間、怪人?」
なまえはひっそりと呟いたものの、自身の言葉で再び一触即発な空気になったことの方へと気が逸らされる。だが、ゼンコが「もう終わりなの!!」と再三力強く声を張り上げた。それになまえは何度も頷く。
「ガッちゃん、もう帰ろう?」
眉尻を下げてそう言うなまえに、ガロウは「……命拾いしたな、金属バット」と挑発する。どうしてこんなにも好戦的なのだろうか!
なまえは狼狽する。そしてふたりでこの場を去ろうとしたとき、金属バットがなにかに気がついたかのように口を開いた。
「……あ? そういやあんた、見覚えがあるな」
すると、金属バットは怪訝そうな面持ちでなまえのことを見つめる。「どこかで見たことあるんだよなー……どこだったか……」金属バットはなまえに近寄り至近距離でじろじろと彼女のことを観察する。パーソナルスペースを無視したその行動に、ガロウは金属バットのことを突き飛ばした。
「ッ何すんだ!」
「近えんだよ」
烈火のごとくギスギスした空気である。なまえはふたりの剣呑な雰囲気に冷や汗が止まらなかった。しかし、金属バットは今も絶えず頭からどくどくと血を流している。一刻も早く治療を受けるべきだ、となまえは考えた。
「バッドくん。はやく病院に行った方が」
「……なんだよ、人間怪人野郎と一緒にいるくせして常識はわきまえてるんだな」
その言葉に、なまえはしゅんとする。まるでガロウを敵視しているかのような様相だった。ただの喧嘩だと思いきや、もしかすると想像以上の関係性なのかもしれない。なまえはそう考えを巡らす。
「テメェ……」
落ち込んだなまえを見かねたのか、ガロウは金属バットを睨めつけた。またも殴りかかりそうな様子だったので、なまえは声を上げる。
「ガッちゃん、わたしは大丈夫だから……」
「……」
「……あ、いや、悪いな。悪意で言ったわけじゃねえんだ」
おもむろに、ガロウと異なる型の人間であることを悟った金属バットが、謝罪を口にした。なまえはその彼の気遣いに微笑む。「いいの。気にしないで?」そう言えば、彼はなまえから目を逸らして「お、おう、」と言う。誤魔化そうとしているはものの、まるで見惚れているようなその所作に、その光景を見ていたガロウは面白くなさそうな面持ちになった。
すると、突然金属バットが「あっ! 喋ってる場合じゃねえ……!」と焦ったように言い、急いで怪人の方へと踵を返す。それを見たゼンコは信じられないかのような表情を浮かべた。「ば、バッドくん! あまり無理をしない方が……」思わず、なまえはそう口にする。けれども、金属バットは「構う余裕ないんだって」とふたりの言葉を聞きやしない。
「え!? ウソでしょ。そんな傷だらけなのに……」
「ゼンコ……お前は先に帰ってろ……」
ゼンコとなまえが何を言おうと金属バットは首を縦に振らなかった。それどころか手負いの状態にも関わらず怪人を退治しようとする金属バットに、ゼンコが痺れを切らす。そして「……もうっ! わからずやっ!」と言いながらバチンッと小気味いい音を立てて彼の頭を叩いた。すると金属バットはそのまま卒倒する。
「あれ……? お兄ちゃん?」
「……えっと、救急車呼ぶね」
ぴくりともしない金属バットを見かねたなまえがそう言うと、ゼンコは「……うん。お願いします」と首を縦に振る。そしてなまえはスマートフォンを取り出し、手筈を整える。「なんでそんな奴に構うんだよ」ふてくされたような声音でそう言われたなまえは、ガロウの方を見て困ったように微笑む。
「救急車呼ぶだけだよ」
「……勝手にしろ」
そしてなまえが電話をしている間に、ガロウは周囲を見渡した。それは先ほどから奇妙な、自身を舐め回すかのような視線を感じてのことだった。きょろきょろと注視すれば、ふとヘドロの形状をした怪人が排水溝から出てきたのを発見する。そしてガロウは見つけたら最期、なんの戸惑いもなしに怪人に飛びかかった。「ゲボボッ」ヘドロが変形しぐしゃりと潰れるが、形状の関係か一撃では殺せない。そしてもう一撃、と振りかぶったところで、ガロウの上に大きな影がかぶさる。
それは大きな鳥の怪人だった。ガロウは二対一の状況かと思い構えるが、しかしどうやら鳥の怪人はガロウを殺すつもりはなさそうである。「我々は敵ではない」手始めに、鳥の怪人は自身らの関係を明白にしようと口を開く。そしてごそごそと体毛の中から手を出してガロウに一枚の名刺を渡した。
怪人協会。名刺にはそう記載されていた。ガロウが呟くと、怪人は食いついたと言わんばかりに「ついてくるがいい。我々のアジトに案内してやろう」と口にした。けれども、ガロウは表情ひとつ変えない。それどころか、あろうことか名刺をびりびりと破ってみせたではないか!
「興味ねえ。失せろ」
そう言い捨てれば、怪人は笑いながら空へと舞い上がる。曰く、ガロウがヒーロー狩りを続ければ再び相対することになると。そう言いながら。
「ガッちゃん。ごめんね、もう大丈夫だよ」
そして救急車を呼ぶことができたらしいなまえがガロウへと元へと近寄り言う。そしてなまえが自身の元へ来る前に怪人が去ってよかったと、そう思った。危険因子は少ない方がいい。なぜならなまえを危険な目に遭わせたくないからだ。それはガロウの本心だった。
すると彼は何かをごまかすかのようになまえの頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でた。「?……どうしたの?」それを不思議に思ったなまえがそう問うが、ガロウは「なんでもねーよ」とだけ言ってあとはだんまりを決め込む。それになまえは首を傾げつつ、ふたりはこの場を後にした。