「ところで、なまえお姉さんはどうしてこんなところに?」
「……誘拐されちゃって」
「パンツは?」
「み、みたの!?」
「見えちゃったんだよ。なまえお姉さん、膝抱えて座っているから」
そう言われて慌てて立ちあがる。体育座りをしていたから丸見えだったのだ!……ただならない屈辱を味わってしまっているのも、全てはあの男のせいだ。そうは言っても、恥ずかしながらわたしも下着をはいていないことに慣れつつあるのだけれど……。自分でも信じられない。気をつけないと。
「あのね、ジョシュくん。わたし帰りたいの」
「うん、なら急いだ方がいいよ」
「えっ?」
「ああ、でも………」
意味深なことを言ってジョシュくんは考えこむ。関係ないけれど、彼は見た目のわりに大人びていると思う。もしかして、死んじゃったのは随分昔のことなのかな。年をとらない身体のまま、ここで暮らしているのかもしれないと、勝手に推測してなんだかわたしが悲しくなってきた。
「ごめんね。ぼくからは出口を教えることは出来ないけど、ヒントならあげられる」
「……どうして教えられないの?」
「……ごめん、それはまだ言えない」
ジョシュくんは本当に申し訳なさげに言うので、こっちが悪いことをした気分になる。だから気にしないで、と声をかけようと思ったら、不気味なサイレンが突然に鳴り響いた。長い廊下には間延びして広がりをもつ音。どこかねっとりとした不協和音のようで、肌にまとわりつく気味の悪さを感じる。ぞわぞわと総毛立ち、一体なんの音かとジョシュくんに問おうと思ったら、壁が、床が、灰色がどんどんはがれていって、あの赤い錆まみれの装飾に、かわっていった。
「ジョ、ジョシュくん……!」
「この廊下を真っ直ぐに進んで、最初の曲がり角を左に行くんだ」
「え、あ……っでも、ジョシュくんの身体が、」
ジョシュくんはどんどんはがれ落ちる装飾にまぎれて、その身体が床に沈んでいっている。でもわたしの足はちゃんと床についていて、彼だけが沈んでいくのだ。
「なまえお姉さん、帰りたいのなら急いだ方がいい」
首まで床に飲み込まれてしまったジョシュくんは、それでもわたしに助言をくれる。
「……もし帰れなかったら、その時は───」
そうして、とうとうジョシュくんの身体は、完全に沈みこんでしまったのだ。彼がなにを言いかけたのか、わたしに知る術はない。