願い

「あの……そういえばここは、どこなんですか?」
「サイレントヒルよ。人なんて滅多に近づかない所」
「ああ、どうりで……」
「私はここの近くのシェパードグレンに住んでいるの」
「えっ! なら、わたしの住んでいる地域と隣です!」

 それなら自力で帰れそうだとなまえちゃんは言った。

「でもシェパードグレンって……いつのころからか、静かな街になってしまったらしいですね」
「……そうね。なまえちゃんはこの街の呪いの話、知ってる?」

 そう問うと、なまえちゃんは二回瞬きをしてから頭を横に振った。その瞳には不安の色が揺れている。まあ当然よね、呪いだなんて物騒な言葉。

「実は何年も昔に、ずっと続いてきた儀式が破られてしまってね。そのせいでこの街には呪いがかかってしまったの。サイレントヒルに気色悪い化け物が住んでいるのも、それが原因よ」
「……儀式って、なんですか?」
「街の創始者の一族である子孫を生贄として、神に捧げる事」
「……それって、つまり、」
「そう。殺すの」

 ひどい、と小さな声が聞こえた。俯いて顔はよく見えないけど、覗く口もとからは唇を噛み締めている事が伺える。

「まだここに暮らしている一族がいるのよ。その一人が貴女を誘拐したあの人。彼らは未だに掟を守り続けているわ……過去の失敗を、なかった事にして」
「じゃあわたしは、その犠牲になりそうだった……?」
「ええ、巻き込まれてしまったようね。関係ない人間を生贄にしても、実の子供を殺めても、この街が元に戻る事なんてないのに。……あの掟に、もう意味なんてないのよ」

 なまえちゃんに被害がなくて本当に良かったわ。そう言って彼女の方を見ると、「被害、ゼロというわけではないの……」消え入りそうな声で、少し頬が赤い。でも気軽に聞ける事ではない気がしたので、私は尋ねなかった。……オンナの勘よ!

「この街に今も住んでいるウィーラーさんは、すごいですね」
「私はこんな所でもここが故郷だし、保安官としての務めも果たさなきゃいけないって思っているから」
「……やっぱりすごい、です」
「あら、ふふふ。ありがとう」

 さて、もう少しで出口が見えてくる。そろそろなまえちゃんともお別れ、そう思うと名残惜しい。シェパードグレンには、この娘のような若い子供達は少なくなってしまったから。
 私となまえちゃんの間で会話が無くなる。あまり会話が弾んでも、ただ別れが寂しく感じるだけかもしれないから、それが良いのかもしれないけど。でも私自身、なまえちゃんのような普通の人間と話ができたのは久しぶりな気がして、可能ならもっと語り明かしたいだなんて考えていた。

「……そういえば、ウィーラーさんに会ってから化け物がでてこないです」

 そんな事と葛藤していたら、なまえちゃんがそう言った。

「……表世界なんだから、当たり前じゃない?」
「おもて……?」

 何の事だか分からない、といった風になまえちゃんは目を丸くした。
 今の言い方、まるで表世界でもクリーチャーに襲われたような言い方だった。表で奴らが見えるという事は、やはり原因は一つしか考えられない。いいえ、でももしかしたら私の勘違いかも。……否、違うわ。私は勘違いであってほしいと願っている。だって仮にそれが事実なのだとすると、なまえちゃんはすでに手遅れだという事になってしまうから。どうにかして逃げ道はないか思考を巡らしても、行き着く結論はたった一つだけで。
 私の頭には、最悪の想定しかなかった。