またか、と、思った。彼は困ったことがあると、すぐわたしの元へ訪れる。頼りにされて嬉しくないわけではないけれど、もう少し、こう、何というか、男になってほしいとも思うのだ。

「儀式の日が、近づいてきているんです」
「そういえば、明日ですね」
「私に、出来るのでしょうか…」

美耶子さまを神様に捧げる、尊い儀式。それを牧野さんが担う。村民全員が注目する大々的なものだから、もともと気の弱い彼が不安で押しつぶされそうになるのも無理はない話。でもわたしからは、きっと耳には届かない声で「負けないでくださいね」としか言うことができない。

「どうして私が…嫌だ、こわいんです、嫌だ…!」

牧野さんは頭を抱え、地面に膝をついてしまった。ぐしゃあっと崩れ落ち、わなわなと顔を青ざめるその姿は実に痛々しい。
彼がわたしの元へ訪れた理由はなんだろうか。励ましを求めているのか、それとも逃げようという言葉を求めているのか。わたしは牧野さんじゃないので、当然わかりもしない疑問だ。それでも、これだけは断言できる。わたしは彼の力には、雀の涙ほどにもなれないのだ。
ずっとずっと昔から、受け継がれてきた儀式。それを途絶えさせるなんて、許される話ではない。それに牧野さんには、あの八尾さんの期待もある。端からみても、あまりに過度な期待だ。彼のキャパシティはとうの昔にオーバーし、悩み苦しんできているのをわたしは知っている。小さな背中に、正反対の大きさの重石がずしりと乗せられ、逃げることを決して許されはしない。
それでも牧野さんは、結局逃げずに儀式に参加してしまうのである。
とはいえこの儀式も、また失敗するのだろうな。そうなるものなのだ。気持ち悪いほど同じ歴史を繰り返す。そりゃあ人々の言動が完全に一致してきたわけではないけれど、最終的には一つの答えに終結してしまうのだから。もしわたしが儀式の前にまだ生きていたら、そこから小さなズレが生じて、まるで波紋が広がるかのように、なにか変わっていたのだろうか。