※捏造はなはだしい
死にそう。その一言だけの、みるからに面倒事に巻き込まれそうなメールが一件、届いていた。相手は腐れ縁が続いているマイク・シュミットである。かかわりたくない。それが本音だが、きっと叶わない。なぜなら彼は、メールを送ってきてもご丁寧に確認の電話までかけてくれるという、どうしようもなく面倒くさい人間なのだから。
「うわ、うわ、やっぱりきた」
そんなわたしの予感は的中し、家の電話が鳴り響いた。部屋に存在するその音が、まるで逃がさないとでも言うかのように身体にまとわりつく。うんざりだ。今回もなんだかんだで言い包められ、結局はマイクについて行く羽目になるのだろう。そんなことは過去に片手じゃ数え切れないほどにあったのだ。
電話機に表示された相手の名を確認してみると、当然と言うべきか電話の相手はマイク・シュミットだった。わたしは重い腕を受話器に手を伸ばし、ハロー、その常套句を紡ぐ…ということは叶わず、マイクのおーいなまえ!というやたらと大きな声に遮られてしまったわけである。せっかちさんめ…。
「メールは見てくれた?」
「…うん、まあ、一応ね」
「そうかい。じゃあ今から話すことをよぉ~く聞いてくれ」
「えええ…」
「おいおい、僕はなまえだから話すんだよ?」
「やめてよ、そういうの。巻き込まれるのは嫌なんだけど」
「薄情な奴だな!僕と君との仲じゃないか!」
「腐れ縁のようなものなんだけど」
「うるさい」
「イラッ」
とにかく、とマイクは咳払いをして、「今から話すことは、全部本当のことなんだ」深刻そうな声色でそう言った。本題に入る前から穏やかじゃない空気だ。本当に勘弁してほしい。
それから長々と、本当に長々とマイクの話は始まった。
彼はどうやらピザ屋でバイトを始めたらしい。まずわたしは、そのことに驚いた。なぜなら彼は、昔のある奇怪な出来事によって自室に引きこもるようになってしまったからだ。とは言っても連絡を取り合うことは可能であったし、わたしを呼び出してあちこちへ連れ回すということも多々あり、そこまで深刻な問題ではなかったと言える。
しかしながら出先で何かを探し回る彼が、その求める何かを手にすることは結局のところ叶わずじまい。少なくとも、わたしの知る範囲では。毎度のように己の髪の毛をぐしゃぐしゃにして項垂れる姿は見ていて痛々しいものがあった。そんなマイクが、今になってどうして働くなんて言うのか。その動機が知りたい。彼の電話の目的がそれなのだろうけど。
にしても、変な話である、と思う。たかがバイトで“死にそう”になるなんて、大袈裟過ぎる。そこまでブラックな働き口、この辺にあっただろうか。どうしてそんなもので絶命しそうになっているのだと、そう訊ねようとしたら「大人しく話を聞いてくれ」と諭された。こうなったらどうしようもない。わたしはマイクが満足いくまで大人しく相槌を打ちながら話を聞くことに徹したのだ。
マイクがバイトをしているピザ屋というのが、子どもたちに大人気の何から何まで機械で動いている人形を扱っている“フレディファズベアーズピザ”というお店だという。そこの夜間警備を任されている、と。ピザ屋に警備…?なにそれ、必要なの?その疑問を解決させてくれたのが、後に続くマイクの言葉である。
曰く、どうやらそのマスコット人形たちが、にわかに信じがたいが、マイクに襲いかかってくるというのだ!寝ぼけているんじゃと思ったけど、居眠りなどしていない上にあれは殺しにかかってきていると、そう言った彼の声は冷えきっていて、わたしは思わず固唾をのむ。マイクは面倒くさい人間だが、嘘はつかないからだ。
「バイト辞めなよ」
「無理だ」
「…でも、聞いたところ時給もすっごく低いし、変だと思う」
「僕がこのバイトを止めないのには、正当な理由があるからさ」
「理由?」
「そう。この店はね、過去に事件を起こしてるんだよ。それもかなり酷いものだ」
「そんなことを知ったうえでバイトしてるとか、笑えない…」
「まあ…その問題っていうのが僕達に深ぁ~い関係があるから、こんな危険な目に遭ってまで通勤してるって訳なんだけど」
「…ぼく、たち?」
「勿論!なまえ…君にも関係がある」
「えっ」
「今日もあるんだ、バイト。深夜零時から六時まで。だから来るならそれより前がいいかな」
なんだ、話についていけない。「じゃあ僕は作戦を練らなきゃいけないから、この辺で。またね」プツッ。何も言えないまま、一方的に電話も切られてしまった。
またね、だって?そう。つまり、わたしも今晩ピザ屋に来いと。マイクはそう言ったのだ。