なまえはネコと対峙していた。一松の話によると、どうやらこのネコはデカパン博士から投与された薬の効能により人間の気持ちが分かる性質になっているらしい。それが真実か否か、確かめる術はネコと関わるしかない。意図せず正座をするような緊張感の中、なまえは口にした。「こんにちは」するとネコは彼女のことを真っ直ぐに見つめる。口内に貯留した唾液を嚥下し手に汗を握る状況下で、なまえもまたネコから目を離さなかった。「本当に喋るの?」やがてネコが言い放った言葉に停止する思考。「しゃべった、本当にしゃべった」驚愕のあまりろくに反応出来ないなまえに構わず、尚もネコの口は止まらない。
「このネコ、本当にひとの気持ちがわかるんだ」
視線が絡む。目の前の生物が溢す言の葉は、疑いようのないまでになまえの気持ちだった。なまえは急き込んだように立ち上がり、ネコを抱えてある人物のいる部屋へと足を運ぶ。「このネコ、本当にわたしの考えてること、わかってるんだ」同じ言葉を繰り返す彼女の胸は密かに弾んでいた。なまえにはどうしても知りたいことがあった。
階段を登り障子を開いたその先には、一人の男の姿。彼は窓のサッシに腰かけ、一丁前に煙草をふかしている。気取った所作は彼の癖のようでいて、彼の一部を構成するものでもあった。「このネコ、人間の気持ちがわかるんだって」ネコを差し出しながら男の元へ近づき、なまえはそう言った。「すごいよね。カラ松くんは、いつもどんなことを考えてるんだろう」ネコがそう口にした途端に男の目が見開かれる。「ああ、これはすごいな」にゃあん、と鳴き声。
「フッ、腹話術を見せるために俺の元へ訪ねてきてくれたとは…中々可愛いところがあるじゃないか。すごく上手いと思うぞ、驚いた」
「腹話術じゃないのに。…あ、あれ、なんで?違うでしょ、ねえ、普通に鳴くんじゃなくて、もっと、ほら」
「本当に上手いな。どうやってるんだ?」
ネコは代弁する。「変なの、これじゃあ、まるで」たった一人の心中のみを察して口を開く。
「……ん? ど、どうした、なんで泣いてる? 何か傷つけるようなこと言ったか? 悪い、謝るよ。……え、違う? そうか、困ったな……。よし、それならここは一曲、オリジナルの歌を捧げよう。きっと感動するぜ? この俺が作曲したんだからな。聴いてくれ、タイトルは───……」
ネコはにゃあんと鳴いた。それ以上でも以下でもなく。ただ普通に鳴いたのだ。