そんなことはない

「今までどこに行ってたんだ!?」

 成歩堂くんがこわい。
 数週間ぶりに事務所を訪れたら、充血した両眼をぎんぎんに見開いた彼が、いつもは使わないデスクに肘をつき、頭を抱えていた。見慣れない光景にわたしまで目をパチパチすると、ガタン! と椅子を倒す勢いで立ち上がった成歩堂くん。そのままツカツカ、ずんずんとわたしの方に地響きを鳴らすオーラで近づいてきて、目の前に立ったかと思うと両肩をがしりっ。掴まれた。いたいな!

「どこって……御剣くんのところ」
「なんで! ぼくはそんなこと聞いてなかった!」
「ええ~……それは変だなあ。だってわたし、真宵ちゃんに伝えておいてねって言っておいたもん」
「……そんなことは、どうでもいいんだ」
「な、なに~!?」
「まさか、あいつの所に泊まってたとか言わないよね」
「え?」

 ジロリ。成歩堂くんのどろどろした瞳に睨まれる。この数週間見ないうちに、目がなんかおかしいことになっているみたい。いつものキラキラした、輝かしい彼はどこに行ってしまったのだろう。そう考えてみると、何も思い出せない。……そういえば彼は、もともとこういうひとだった。

「まさか。そんなことはないよ」
「そんなことは?じゃあ、どんなことならあるんだよ」
「ず、随分つっかかってくるなあ……めんどくさっ」
「……ここずっと見かけなかったから、本当に心配したんだ。家にも訪ねたし、イトノコギリ刑事に話もしたし」

 わたしだって、こんなに長い間事務所に顔を出さないつもりはなかった。だって成歩堂くんが、耳に胼胝ができるくらい説教をしてくるという想像は容易にできたから。まあ現実はそうならなかったわけだけど。
 言い訳をするなら、悪いのはわたしではなく御剣くんだ。もっと言えば、彼の執務室が悪いのだ。あの場所は、なんとも居心地がいい空間だったので、わたしはつい入り浸ってしまったのだ。そのつもりは毛頭なかったというのに、そうさせてしまう魅力がぎっしりつまっているお部屋だったせいだ。それに御剣くんはわたしを客人として招いてくれて、行けばおいしい紅茶に加え、わたしなんかじゃ手が届かないお菓子もでてくる。すごく楽しかった。

「なに笑ってるんだよ。ぼくは怒ってるんだぞ」

 そもそも、わたしが数日ほど事務所をあけようと思ったのは、この目の前にいる青いスーツ男のせいなのだ。わたしがどこに出かけようにも視界の中には青、青、青。必ず彼がついてくる。実際、数日なんてかわいいものじゃなかったから彼を怒らせてしまっているのだけど。

「……ま、まあまあ。お願いだから落ち着いて? ね? しばらく朝ごはん、つくってあげるから」
「……」
「そ、そうだ! どうせなら毎朝でもいいよ」
「え」
「ん?」
「それって結婚しようってこと?」
「いや違うよ」
「なんで!」
「な、なんでって言われても……いやだよ」

もう一度御剣くんのところにお世話になる日は近いようだ。